斎王兄妹掌編集 異形の詩篇

第二幕、わたしは安らかに伏し、また眠ります。主よ、わたしを安らかにおらせてくださるのは、ただあなただけです。(二期)

生の在り処

 ――この街の何処かで、家族が殺されている。

 定められた破滅から逃れるべく見通した運命に従い、私たちは海を渡った。その先で見つけた兄の救いとなる人間は、まだ私たちよりも幼い少年だった。どうしてこの子なんだろう、どうして私じゃないんだろうと無意味な疑問がぐるぐる頭を廻る。運命に振り回され、疲れ果て、縋ることを決めた私たちには本当に無意味な疑問。
 御鏡で覗く少年の姿はいつも父親と睦ましく、祝福されていて、本当に幸せそうだった。こんな子がどうして兄さんを救う人間になれるというのだろう?小さな嫉妬が棘のように胸をチクチク刺した。

 つい居ても立っても居られなくなり、私は少年の家に向かった。兄さんの救いを壊したいわけじゃない、ただ一目会いたかっただけ。
 私たちの屋敷からほど近く、親子の住むマンションにまで辿り着くのは簡単だった……そこには、一人の男が居た。未来視の力と同じく備わった感覚で分かった、この男は悪人だ。何か、取り返しのつかないことを必ず仕出かす、もし兄さんの救いを妨げるモノになるなら先に排除すべきか?
「何もしてはいけないよ、美寿知」
「……兄さん、どうして」
「私の救い、私の法王、彼の父親は……早晩、あの男に殺されるのだから」
 殺される?あの子の父さんが?それは止めなければいけないのではないだろうか、人の痛みなど知らない私でも唯一の肉親を奪われる恐怖だけは理解できる。それは世界の崩壊であり、私自身の崩壊でもあった。それでも兄さんが言うのなら、私は何もできない。
「父親の喪失は彼を成長させる大きな試練となる。そうして、私が近づく理由にも……」
 そう言うと、兄さんの瞳から涙が零れ落ちた。ああ、兄さんも哀しんでいる。少年の不運に、それに付け込まねば生きてゆけぬ私たちの運命に。あの子への嫉妬はとっくに消えていた。あの子は強い、強くなるだろう、私が到底耐え切れぬ試練をその身に背負うのだから。
 私は兄さんに強く抱きついた、どこにも行ってしまわぬように、消えて無くなってしまわぬように。
「……兄さんのことは私が護ります。何があっても」
「ああ……美寿知、頼りにしているよ」
 私は決して兄さんを失わない、誰にも奪わせない。だが救われるために罪なき人々の生を奪ってゆく私たちを誰が許してくれるのだろう。あの子の父親は本当に優しい瞳をしていた、どうしてその命を踏みしめなければ生きてゆけないのだろう?……これも全く無意味な疑問だ。
 私たちは生きてゆく。何を犠牲にしてでも、どんな苦痛に苛まれても、だがそれだけの意味が本当にこの世にあるのか、私には分からない。
 兄さんの背中を追ってマンションを後にする。遠く、遠く、愛しい者の悲鳴が聞こえるような気がした。

 ――この街の何処かで、家族が殺されている。

愛しき光

 ――舞い上がる光は、あの雪の日に似ている。

 電子化した身体で衛星回線を通り、セキュリティを易々と引き裂きソーラの中に侵入する。光に満たされた空間の中央には、兄の姿をした破滅の光の化身が不敵な笑みを浮かべ佇んでいた。
「よく人の身でここまで辿り着いた。いや、もう人では無かったか」
「戯言はよい。破滅の光、疾く失せよ!」
「つれない返事だ、前に追い払ったことを根に持っているのか?」
 破滅の光は悠然と私に近づき、この身を抱き寄せた。強い力で拘束され身動きが取れない。
「これがお前の運命、お前だけは此処で永遠を生きる。私と共に……」
「断る、私はソーラを止めに来た。兄さんを護るために」
「兄を護る?我が内なる闇は既に光へと消えた。今やお前の兄は私だけだ」
 嘲るように破滅の光は笑う、拘束は痛いほどに強まっていた。
「そう、私こそが斎王琢磨の意思。破滅の光と一体になり宇宙を終焉に導く絶対的存在!」
「違う!兄はまだ生きている、終焉を拒む元の優しい兄さんはまだ……」
 言葉は続かなかった、破滅の光が私に口づけたからだ。差し込まれる舌、触れ合う粘膜を通して破滅の光の波動が流れ込んでくる。過去の傷を掘り起こし、破壊衝動に身を任せるようにと精神を白く染め上げんとする。その快楽から身を捩り逃れれば、私たちの間を銀色の糸が繋いだ。
「私の妹、私の片割れ、お前こそ我が伴侶に相応しい。破滅の光に溶け合い、共に新たなる宇宙の誕生を見届けよう」
「で……きない。例えお前が真実、兄であったとしても……」
 破滅の光の化身を鏡が取り囲む。これは万が一の際にも使命を果たすために、私が用意した罠、餌は他ならぬ私自身だ。
「……何故私を拒み、消そうとする。この不完全な世界から受けた数々の恥辱、屈辱、その傷を分かち合えるただ一人の肉親たるお前が、何故」
「全ては我が兄を救うため。そのためならば此処で、兄の心持つお前と共に滅ぶのも悪くない」
「ふ……はは、何という破綻した論理だ?お前もまた狂っていたか。いいだろう、共に奈落の底まで堕ちようではないか。だか大いなる意思は止められぬ、この不完全な宇宙を滅ぼすまでな」
「……ええ、兄さん。ずっと一緒です」
 御鏡の光が空間を包み、破滅の光を封じ込める。足元に落ちたカードを拾い上げ破り捨てれば、ソーラは私の支配下になった。私はここで死ぬだろう、ソーラの崩壊に巻き込まれて。それでも構わない、兄さんが青空の下で笑ってくれるのなら。

 ――舞い上がる光は、あの雪の日に似ている。私の終わりの風景、破滅に寄り添うように、そっと目を閉じた。

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